​今後の公演一覧

​第1回 秋田・潟上国際音楽祭 2022

◆概要と理念



秋田県初、並びに北東北初の音楽祭として、国内最大規模、ひいては世界の「Akita-
Katagami」を見据えた本格的音楽祭の開催。
国内最大の民謡数を誇り、多くの集落に能楽堂や地域の文化遺産の残る秋田。青き山脈、
猛々しい生命の恵みを運ぶ日本海、豊潤の湖は八郎潟、田沢湖、十和田湖。
古くはヤマト王朝最北の地として、中世には蝦夷、渤海との交流で独自の文化を花開かせ、
江戸期を通じた北前の運ぶ上方文化との融合。
水清く人豊かなこの地こそ、これからの文化の発信地に相応しいカナンの地であり、世界
一級のアーティストを一堂に会する場に相応しく思う。
この地から世界レベルの文化の提供、秋田独自の文化とのコラボレーションによる21
世紀の新たな文化の形の創造、アーティストと地域との交流、文化による地域創生、秋田
ブランドの発信を目的としている。

 

-概要-

-理念-

理念現状の世界はコロナによってこれまでの社会のひずみが露わとなり、世界は答えを見出せない中にある。コロナに対する恐怖、出口の見えない不況、分断された社会。このような中で人間は文化どころではないのであろうか。答えは否である。55年の一部政治の停滞、我が国の抱える問題は途方もなく巨大である。しかしながら、当事者たちは問題を残して暇乞いをすれば良いから次の世代へ先送りである。問題はこのつけは私達やこれからを生きる子供たち、何より地方から始まるということである。これからを生きる子供たちに社会の大きなツケを回してしまった原因は何であるか。私は政治に文化が無かったからだと考える。「人は麦のみに生きるにあらず」、西洋の預言者の言葉である。しかしどうであろうか。わが国は麦のみを求めてはこなかったか、文化は娯楽と考えてこなかったか。「初めに言葉ありき」なのである。言葉とは自分が何者かを語る文化である。無論、自分が何者であるかを知ることはできないが、それを探るのが文化である。つまりは自分の言葉を持つということである。翻って我が国を見れば、自治体は大企業の誘致を謳っている。その大企業は国の顔色を伺い、肝心の国はワシントンD・Cと北京との向き合い方を小田原評定の如く長く果てなくしている。つまりは自分が無いのである。日本が地理的に辺境であることを差し引いても、である。自分が主体となる時、たちどころに世界は真実であると臨済禅は教える。自分が主体となる時、初めて世界が見えてくるのでは無いであろうか。それを学ぶのが文化である。 一人が自分の中に文化を持つ時、その人はAIで代えのきく労働者ではなく、労働を通じ社会に主体性を持って参画できる人間となる。これが人間の活力である。社会は人の集まりである。そこに生きるのが活力ある人の集団であれば、活力のある街である。そうすれば大企業の誘致に依存する旧い、そしてかつて一度たりとも成功したことのない経済体系から、住民一人ひとりが主体となった、持続可能で多様性に富んだ街づくりが可能になるのではないだろうか。 一編の詩が人生を変える、芸術が人を作り、文化が世界を作るのであるという信条のもと、今まさに変革が必要とされている愛すべき秋田に音楽祭を作ろうと考える所存である。人間一人の力には限界がある。けれども人間は互いに共感することができる。この音楽祭は参加者、サポーターが主人公である。皆さんの協力なしには成立し得ない。上記の理念に賛同してくださる輪が広がっていくことを心より願う。千秋公園の桜が緋いのは長く厳しい風雪に耐え忍んだが故である。辛夷の花は北に向かって咲くという。この困難な状況だからこそ出来る音楽祭があると信じている。

 2022年1月 
アーティスティックディレクター
​              千田 桂大